にせもの

「弥勒さま…、もう行ってしまうのですか」
気付かれてしまうとは面倒だなこった、と思いながら弥勒はいつもの優しい笑みを顔に貼り付けて振り向いた。先ほどまで腕に抱いていた女は白襦袢を肩に羽織ったまま、夜の冷えた空気に肌を晒している。その白い肌に興奮した。あの娘を思い出したから、それだけのこと。そういった起爆剤はなんだって構わない。
例えば、声が似ていたとか。首筋の同じところにホクロがあるとか。
   
だが行為さえ終わってしまえば、なんのことない。
「ええ、素敵な夜をありがとう、お元気で」
ただ目障りなだけ、早く珊瑚に会いたくなるだけ。
   
といっても、どうせ気配に敏感な珊瑚だから部屋を抜けたことなど気付いているに違いない。
今頃はまた眠れなくなって布団の中で丸まっているのだろう。泣いている可能性だって、おおいにある。そういったことに疎いようで、敏感なのは流石に年頃の娘だからか。
本人に経験がないだけで、こんな夜に男がいなくなる意味がわからない訳がない。知らぬあれこれを想像し悶々としているであろう珊瑚を想像すると心が痛む。が同時に楽しくて仕方ない。やはり自分は性格が捻くれているようだ。賢くて馬鹿な娘。こんな男など、早く切り捨ててしまえば楽になるというのに。
   
「あはは」
思わず込み上げた笑いは暗闇に消えた。
   
* 
   
今日は珍しく一人一部屋を与えられているから、久しぶりに犬夜叉を気にすることなく戻れる。いくら気にしたところで半妖相手に気配も遠慮もないけれど、それは人情というもの。いや、少し違うか。とにかく、そういった事で少し気が抜けていた。それに体は随分とスッキリしていたから、あとはもう寝るだけなのだ。
一人部屋なのをいいことに、入ってすぐ釈杖を壁に立てかけて、先ほど適当に結んだ袈裟をこれまた適当に解いて畳に放り投げた。人がいるとこうは自由に出来ない。なにせ「法師」なのだから。なにもかもを放り投げて、白襦袢1枚になり、ようやっと布団に目をやって、今更ながら驚いた。
   
誰もいない筈の布団が、もっこりと人型に盛り上がっているではないか。
部屋を間違えただろうか、と一瞬不安になったけれどすぐに気付くのは、身に慣れた娘の気配。
   
一体、己はどこまで気が抜けたまま帰ってきたのだろう。いくら珊瑚が自分にとって慣れた存在だからって、こうなるまで気付かないなんて我ながら情けない。情けないが、珊瑚ならばまあ仕方ないと自分に適当な言い訳をして、珊瑚の横顔を覗く。それは予想していたことには違いない。
長い睫に溜まった涙の雫は、先ほどまで珊瑚が泣いていたという確固たる証拠だ。
   
「かわいそうに」
そうさせた張本人が何を言うか。我ながらアホらしいけれど、珊瑚の横に寝そべった。求めてやまない本当の女はすぐ傍にいるけれど、どうしたって珊瑚に手を出すわけにはいないのが現実だ。風穴さえなければ今すぐにでも抱きたい。そして珊瑚もまた、それを望んでいるというのに。
つややかな黒髪を撫でていると、珊瑚の切れ長の瞳がゆるゆると開いた。朧な視線はいまだ夢と現をさ迷っているけれど、溢れだした涙は確かに珊瑚の感情の全て。その涙を唇で掬いとると、珊瑚はまた一層、大粒の涙を落とした。
    
「行かないで、」
「ああ、ただいま。珊瑚」
「ほうしさま、」
   
しとしと泣きながら、珊瑚はまた疲れて眠る。
弥勒はその夜、一晩中珊瑚の体を抱きしめて髪を撫で続けた。応えられないものは応えられない。だけど、それ以外のことならば珊瑚が望むまま全てを叶えてやりたい。
行かないで、と言うのなら今日はこのまま朝までずっと、ここにいよう。
   
   
   
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これくらい頭ちょっと可笑しくて、ファンキーな18歳な法師が好きです。