| つかむ手
下の息子がようやっと、すこし会話できる程に喋りはじめた。
双子たちは誰に似たのか早いうちからペラペラと達者に喋りだしたけれど、こやつは姉たちに比べて最初から言葉の進みが遅かったから心配していた。だか、どうやらそれも杞憂だったらしい。考えてみれば、女がよく喋るのは幼子とて大人とてそうたいして変わらない、世の常ということだろう。
「ととさま、」
舌足らずだが、確かにそれは父を呼ぶ言葉。初めて聞いたときはどれほど感動したか。
どうやら我が子の成長に飽きはこないらしい。
双子たちでもこやつでも余所見をしていたら、すぐに大きくなってしまう。昨日までただ泣いて珊瑚の乳を強請るばかりだったというのに、もう今こうして立派に父の膝の上で我が物顔をしている。
姉たちに取られることの多い場所だから、こうして自分一人で独占できることが嬉しいのだろう。
今日は機嫌が良さそうだ。
「男のくせに甘えん坊ですね、お前は」
小さな小さな右の手の平を撫でると、そこにはただ幼子の白く柔らかな肌があるのみ。この小さな手の平に呪いは存在しない。
双子のときも、こやつのときも生まれてすぐ、まず最初に右の手の平を確かめた。
涙が出たのはなにも「我が子の誕生」に対する感動だけではない。それは「我が子を殺さなくていい」という安堵だった。奈落を滅しても消えない呪いを背負わせて、この世に放り出すことは出来ない。殺してやること、それも愛情だと十月十日自らに言い聞かせていた。
だが、その小さな手の平に当然ながら風穴はない。
今も時々子供たちの手の平に風穴が開く夢を見て夜中に飛び起きることがある。珊瑚は「大丈夫」と言ってくれるけれど、この不安が消えることは一生ないのだろう。
眠る子らの手の平を確かめるとき、風穴の恐ろしさを今更ながら再確認する。自分の手の平にあった時より、子供たちの手の平にあることを想像することの方が怖いなんて馬鹿らしいけれど、たかが想像で心底震え上がってしまうのだ。
この子らの小さな手が掴むのは、ただ1つ、幸福な未来だけ。
そうではくてはならない。
「ととさま!」
何度も何度もしつこく手の平を撫でていると怒られてしまった。
怒った顔がどこか珊瑚に似ていて愛らしかったから泣くまで体をくすぐってやった。
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父な法師が好きです。
この後「法師様なんで泣かすの!」と珊瑚嬢に怒られます。
予想外に重たい話になって、ガッカリです。 |