| やさしい
風の音がうるさくて眠れない。何度も何度も寝返りを繰り返して、弥勒は深く静かに溜息をついた。情けないことに右手が震えてる。止まれ惨めだ!ぐっと力を込めてみても小さな震えは止まらなかった。恐る恐る耳に近づけた右手から風の音はしない。音はここから出ている訳じゃない、そう分っていても怖くて怖くて堪らない。
すうと襖が音もなく開いた。風に揺れる木々が彼女の後ろに見えて、弥勒はギュッと強く目を瞑る。
「珊瑚。早く閉めてくれ」
たかが風が強い夜なんて何度も何度も1人で乗り越えてきたのに。心に1人寄り添える女がいるだけで、どうしてこうも弱くなってしまうのだろう。1人ならばこんな惨めにならなかった。
だが、いくら自分を叱咤したところで襲い来る恐怖は尽きない。そっと近づいてきた珊瑚の体を力任せに引き寄せて、半ば縋りつくように抱きついた。その勢いに負けて、珊瑚は布団に尻餅をつく。弥勒自身、何をこんな必死になっているのか分らなくなるほど、ただ必死に珊瑚の体に縋った。
「法師様」
珊瑚の手がそっと弥勒の長い髪を梳いた。髪を梳く指先にじっとり熱を感じる。普段あれだけ飄々と振舞っている男が、こんなに汗をかくほど怯えている。弥勒の身を襲う恐怖を想像して珊瑚はその悲痛さに胸を痛める。同時に、ここへ来てよかったと心底思った。
「まだ怖いかい」
いまの弥勒の姿を全く知らない者が見たら、情けない弱い男だと嘲笑うだろうか。そんな男を愛す珊瑚は愚かだろうか。自分の声があまりに優しくて、珊瑚は自らを呪った。風に怯える夜などなければいいと願いながら、こんな風に自分の前で情けなく震える弥勒が愛しくて堪らない。そんな自分を軽蔑する一方で、胸に溢れるのは狂おしい程の愛しさ。
「あたしも一緒だ」
髪を撫でる手はそのまま、囁くようにそっと珊瑚は言った。同情や悲願ではなく自然で、特別ではない。当たり前のことのように零れた言葉。弥勒はようやっと顔をあげて珊瑚を瞳を見つめた。優しい瞳の奥にいる自分がいかに弱弱しく惨めかハッキリと見える。なんて情けないのだろう。
「一緒に逝ってくれるか」
「約束だよ、法師様」
ぎゅう、と強く珊瑚に抱きしめられて弥勒は目を閉じる。涙が出そうだ。
この優しい女のために生きなければいけないと、強く思った。
-------------------------
弱い法師にも萌えてしまう。珊瑚は人間くさいところに惹かれる。 |