| ひかり
ほんとにあたしの心が好きならどうして抱くのか。
こちらが呆れるくらいに、よくも飽きずにここへ通ってきてはその度に「好き」だの「愛しい」だのと戯言を言うから、ほんの嫌味のつもりでそう聞いた。だって、そうだろう?心が愛しいなら体はいらないじゃないか。ここで紡がれる好きだとか愛だとかの言葉は所詮、気分を高めたい男の戯れだと珊瑚は知っているのだ。
どんな風に焦って言い訳をするのだろう。それとも本来の目的通を果たすべく乱暴でも働くのか。その鼻をへし折ってやろうと思っていたのに、男はいつもと変わらない優しい笑みのまま、珊瑚の陶器のようになめらかな素肌を、するりと撫でながら言った。
「伝わらぬか?」
その卑怯な答えに珊瑚は心底「なんて嫌な男だろう」と思ったが、その日2人は初めて体だけではなく唇をも重ねた。体の上を通り過ぎていった男は幾人もいて、それはもう一々記憶になんて残っていないけれど、珊瑚にとってそれは生まれて初めて交わした口付け。唇同士が触れ合うと、こんなにも柔らかくて熱いのだと知りもしなかった。
自分が馬鹿らしくなる。確かに何度も夜を共にしてきたけれど、知っていることなんてほんの少し。それが嘘か本当か確かめる術さへない薄っぺらな繋がりの男にこのずっと頑なに守ってきた「純情」をくれてやったのだ。ただ、他の男たちとは違う答えをした。それだけだというのに。
「ねえ法師様」
壁に向かって、珊瑚はそう声を掛けた。と言うのも、抱き合って眠るのがどうしても嫌で辿りついた妥協策が、こうして背を向けて眠ることだったからだ。それを放っておこうが後ろから抱きしめようが、そこからはこの男の自由。それに、珊瑚には本来こうして拒否する権利さえなくて、それを客であるこの男が許すというのがそもそもありえない。
それが優しさなのか惚れた弱みなのか、はたまたそういう演出なのか。珊瑚にはもうそれがわからない。
「伝わらないよ何も」
そう言った自分の声がやけに弱弱しくて、珊瑚は目を伏せた。
「いいや伝えてるよ。わたしはずっと」
今まで珊瑚の細い胴に絡んでいた男の手が、すこし褥のなかをさ迷ってから、珊瑚の固く握りこまれた小さな拳に触れた。抱えるようにしてたから、見つけにくかったのだろう。幼子の遊びのように、それでいて情事の色を強く感じさせる不思議な行動だった。
その男の優しく大きな手が、頑なな珊瑚の意地を包み握る。そして力の抜けた珊瑚の指に、男は自らの指を絡めた。
「口付けしたときも、今も。伝えている」
ああ伝わったよ、なんてそんな言葉が簡単に出てくるほど、もう体も心も綺麗ではない。けれど一粒だけ溢れた涙は音もなく落ちて、どこかへ消えた。その涙を男が知ることはなく、珊瑚の目から2粒目が落ちることもない。
何かが嬉しくて涙が出たわけじゃない。ただそれは自然と溢れて零れただけの水滴。だけどもしかして、唇や手から少しずつ伝わってきた男の想いが涙に姿を変えて現れたんじゃないかと、珊瑚は思った。
それから幾度の夜を越えただろう。
両手や両足では到底足りないほどの夜を越えてきた。もしかしたら1つや2つ、歳を取っているかもしれないけれど、籠の中で生きていた珊瑚にそんなことは分らない。
この夜が明けたら、珊瑚はここを出る。もう2度とここへ戻ることはない。
ぽつりと涙が一粒落ちると、それを切欠に次々と雫が溢れ出した。泣くほど嬉しいわけでもなく、悲しいわけでもない。きっと男が少しずつ伝えてきた想いが姿を変えたのだろう。こんなに止まらなくなるほど、たくさんの想いがあり、それを伝え続けてきたのだろう。白く明るくなっていく空を見ながら、珊瑚は男の想いを一粒ずつ数えた。
「伝わってたよ、法師様」
もうすぐあの男が、珊瑚をここから連れ去る。
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悲しい終わりにしようと思ったけど、やっぱり出来ませんでした。
遊女については完全なるイメージ。
資料?そんなの知らない!雰囲気で生きてる!
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