| 声
これは夢だと、まさか現実にこんなこと起こるもんかと、珊瑚は自分に言い聞かせた。だって現実に起こる訳がないことが今、現実に起こっている。まさか頭に虫でも沸いたかと思ったけれど、そんなこともない。きっと。
(放課後は珊瑚なんか用事あるのかなー。あっ、あの女パンツ見えた)
もう何度目だろう。今日の朝から弥勒の思考回路が頭の中に飛び込んでくる。それはもう些細な呟きから爆弾発言まで、頭がおかしくなりそう。嘘だ嘘だ妄想だと言い聞かせても、現に弥勒の視線が前を通り過ぎた女子高生の風に靡くスカートに釘付け。
「ねえ先輩!」
「ん?」
やはり言おう!よくない!と、珊瑚は弥勒の制服の裾を掴んだ。
しかし、
(あっかわいい顔してる。ちゅーしていいかなあ)
再び脳内に飛び込んできた弥勒の声。せっかく言い出そうとしたのに、こんなこと考えられて「筒抜けです」なんて言える訳もない。周りの目を気にすることもなくキスを求めてくる弥勒を押しのけながら、珊瑚は大きな溜息をついた。
特定の相手を作らずに、ふらふら女を渡り歩いてるような人だったけれど今は誰がなんと言おうと珊瑚の「彼氏」。
付き合ってから数ヶ月経ったけど、ずっと憧れていた先輩である弥勒から「付き合おうか」と言われたときの嬉しさを珊瑚は今も鮮明に覚えている。嬉しくて目眩が起こることもあるなんて、珊瑚はそのとき初めて知った。
だけど意地っぱりな性格が災いして、珊瑚が自分の気持ちを伝えたことはない。
擦り寄る弥勒を無理やり突き放して、珊瑚は背を向けた。これ以上一緒にいたら本当に発狂してしまいそうだ。相手の気持ちを知りたいと思ったことはあれど、こうもハッキリ聞こえてくるというのも疲れる。
(珊瑚なんか変だなあ。まさか昨日のこと、バレたかなあ)
このまま何事もなかったように去ろうと思った矢先に聞こえてきた意味有り気な呟き。珊瑚は思わず一歩出しかけた足を戻して再び弥勒に向き合った。昨日は確かクラスの友達と遊びに行くとか言っていたのに、なにが「バレた」と言うんだ。頭の中を一瞬で駆け巡った想像はどれもよくないものばかり。
元々女関係だけはどうしようもない男だったから、その類の不安がなかった訳じゃない。それでも「好きだよ」の言葉を信じて踏ん張ってきた。なのに、どういうこと?
「ねえ先輩」
「うん?」
「昨日どこ行ってたの?」
まるで呼吸するみたいに弥勒は上手に嘘を吐く。珊瑚はそれを見抜けない。どうせなら手の平で転がされている方が楽だったのに、と珊瑚は唇を噛み締めた。
「昨日はクラスの奴と遊んでたよ」
(これバレてるだろ。嘘つくの嫌なのになあ)
もしこの頭に響く声さえ聞こえなければ、珊瑚は弥勒の言葉を疑いすらしなかった。今も弥勒はまるで嘘を吐いてるとは思えないほど、いつも通りの飄々とした態度のまま。嘘を吐かれたことも、嘘を嘘を思わせない弥勒も、全てが嫌になって珊瑚は目を伏せる。このまま真っ直ぐ弥勒を見つめる勇気なんてない。
「どうした?珊瑚」
「いいよもう、嘘つき。馬鹿」
「え?ちょっと、」
昼休み終了をチャイムが告げると、それを理由に珊瑚は教室へ戻った。頭の中ではもう弥勒が他の女と一緒にいる姿がしっかりとイメージされ、ぐるぐると脳内を回り続ける。胸の奥にどっかり鎮座し動かないのは嫉妬。悔しくて悲しくて授業に身は入らないし最悪。5時間目の英語も右から左へと筒抜けて、ノートにぐるぐると意味もない線を書く。
弥勒の声はと言えば、1年生の教室から3年生の教室まで離れてようやく聞こえなくなった。どうやら距離的な問題らしい。それでも先ほど聞こえた言葉が消えるわけではなく、珊瑚の想像は膨らむばかり。どんな子で、なにを話して、なにをしたんだろうと考えれば考える程わからなくなる。
自信がない。吐いた溜息は深い。
放課後。弥勒の思考が頭に飛び込んできたから待ち伏せさせているのは簡単に分った。
目が合った瞬間いつもと同じように優しく微笑んだかと思いきや、どうしてか目だけが完全に笑っていない。思考回路を読めても、まさかここまで不機嫌になったとは思わなかった。
「もう帰っちゃうの?珊瑚ちゃん?」
「あー、んーうん」
普段は穏やかでとっても優しいけれど、1度不機嫌になってしまうと手に負えないのが弥勒だ。珊瑚はその不機嫌なオーラを感じて、すぅと目を逸らした。これは結構、いやすごく不機嫌かも。
(目逸らしやがった。おれがなにしたっていうんだ。)
「ってアンタ反省…!」
嘘をついておきながら反省もせずに、そんな言葉が飛び込んでくるから珊瑚だって腹が立つ。不機嫌だからって別に怖いこともない。浮気するなら捨ててやるっ!と込み上げた怒りに任せて、珊瑚はプイとそっぽを向いた。後ろから弥勒が追いかけてくるけど、今の珊瑚にはお構いなし。
「もう!ついてこないで!」
「なに怒ってんの?ちょっと、珊瑚」
(意味わかんねえ。そんなに嘘ついたの気に入らないのかよ)
頭の中に次々と飛び込んでくる弥勒の考え。分そりゃあ、自の考えが筒抜けだなんて知らない弥勒からすれば、この状態は不可思議なものだろう。どこからバレたか分らないのに、珊瑚はこんなに怒っている。なんでどうして、の不平不満たちが痛いくらいぶつかって来て、珊瑚はそれを振り払うように足を速めた。
そのうち早歩きが小走りになって、小走りが本気になってまるで鬼ごっこ。
(くっそ、逃げられた)
そんな考えが飛び込んできて、珊瑚は乱れた息を静かに整えた。どうにか逃げ切ったはいいけれど、この階段下の小さなスペースはそう長く居れる様な場所ではない。薄暗くて埃くさくて、湿っぽい。そんな場所に逃げ込みたくなるほど今は会いたくない。それのに、どうして放っておいてくれないのか。このままじゃ怒りに任せて思ってもない言葉言ってしまいそうで、嫌なのに。
(なんだよ。逃げることないのに)
(まあ、いいよ。おれは絶対に別れる気ないし)
(おればっかり好きなんだね)
(それでもいいや。やっと手に入れたんだから)
(いつも珊瑚のこと怒らせてるなあ)
(好きって言われてことない)
(もしかしておれっていい彼氏じゃないのかなあ)
(どうでもいいや。好きだよ珊瑚)
次々と飛び込んでくる思考回路。最初こそ怒り口調だったけれど、それらは次第といつも通りの優しく雰囲気に変化していく。これが弥勒の本心だとしたら、と思って珊瑚は泣かずにいられなかった。今の今まで知りもしなかった、弥勒がそんなに好きでいてくれたことを。それこそ付き合ったときも「別に嫌ならいいけど?」なんて相変わらずの軽い口調だったから、ずっと弥勒は本気ではないと思っていた。それこそ、こんなに好きなのは自分だけだと思っていた。
「見つけた」
そう、声をかけられても珊瑚は顔を上げられず、ぎゅっと自分のひざを抱え込む。その様子で珊瑚が泣いているのに気付いて、弥勒は小さく溜息をついた。
(あーもう、また泣かせちゃった)
その場にどかっと座り込んで、弥勒は珊瑚の肩を抱き寄せた。いつも甘い香水の匂いを漂わせる弥勒から僅かに汗の匂いがする。ああ一生懸命探してくれたんだ、と思って珊瑚の目頭はまた熱くなった。
「昨日の嘘。ごめん。」
「…うん」
どんなカミングアウトが来るのだろうと思って、珊瑚はスカートの裾をぎゅっと握る。聞くのが怖くて仕方ないけれど、もう逃げることはできない。心臓が緊張で五月蝿いくらい鳴り響いてて、このまま破裂してしまうんじゃないかと思った。
「昨日は買い物しに行ったの」
そう、買い物しに行って女と出会って、そのままどこへ行って何をしたのか。頭の中ではもう次に来るであろう言葉がぐるぐると回っている。けれど、そんな言葉はいつまで経っても来なかった。不審に思った頃、ごそごそと弥勒が動いたから、珊瑚は瞑っていた目を開けた。
弥勒が自分の鞄から出してきたのは高校生には少し高級な海外ブランドの小さな紙袋だった。
「はい。これ、あげる」
「え?」
手渡された袋の中には細長い箱がひとつ。
「どこでバレてた?折角ビックリさせようと思ってたのに」
「…え?なにが?」
「いや、だからこれをね」
拍子抜けもいいとこ。
じゃあ最初から「バレた」とはこの事で。嘘を吐いたのはドッキリのためのアリバイ工作だと言うのか。しかしこれで全てが繋がる。そう気付いて珊瑚は思わずがっくり肩を落とした。思考回路の全てを覗き見てもまだ弥勒に振り回されるなんて、情けないにも程がある。
すっかり泣き止んだ珊瑚を見て、何も知らない弥勒は何かを勘違いしたまま満足そうに頷いた。箱を持ったままいつまでも動かない珊瑚を見兼ねてだろう、待ちきれず自分で開けてしまう姿は子供。
弥勒がかなりの気合を込めていたのかが伝わり、珊瑚は申し訳なさやら嬉しさやらがぐちゃぐちゃに入り混じって上手く笑えなかった。
「ねえ着けて。おれが選んだんだよ。」
「あ、うん」
手渡されたネックレスは決して安物なんかじゃない。あまりブランドに興味なかった珊瑚にだって、それくらい分った。きっと結構、値の張る品だろう。
上手く着けられない珊瑚に代わって、弥勒がそっと珊瑚の細い首筋に触れる。誰も居ない空間での微かな触れ合いが恥ずかしくて珊瑚は目を伏せたけれど抱き合うような格好では目をそらしたところで、すぐ近くに存在を感じて意味がない。
「ねぇこっち向いて。」
優しい声に釣られて視線をあげると、優しく微笑む弥勒がいた。目が合って、そのまま引き寄せられるように触れるだけのキスをする。
(好きだ、好き、本当に大好きだよ、珊瑚)
「先輩」
「ん?」
「あたしも好き」
それを境に弥勒の思考回路はもう珊瑚に飛んでこなくなった。
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いや本当に意味もなにもありません。
弥勒さまの口調が迷子です。現代パラレルであの口調っていうのも書いてて違和感があるので、普通だけど優しい口調にしようと心がけていますがどうにも。うん。
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